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大学を卒業した藤村善行は一応就職活動をして、一部上場の大手企業で勤めていました。藤村善行はもともとサラリーマン志望ではなく、国語の教師を目指すことが目標だったので、サラリーマンは腰掛と考えていました。藤村善行は周りが引き止める声を静止し、4年で退職。その後失業保険をもらった後、ブラジルへと旅出しました。

藤村善行はかねてから南米を旅するのが夢でした。南米の旅に影響されたのは「チェ・ゲバラ」です。チェ・ゲバラはアルゼンチン出身の軍事医師であり、キューバの英雄としてたたえられている人物です。チェ・ゲバラといえば、バイクでの旅が有名です。裕福な家庭で育ったチェ・ゲバラですが友人と大型バイクで南米北上の旅を計画し、実現します。バイクの故障やお金がなかったりとトラブルも耐えませんでしたが、この旅は映画化もされ、多くの若者たちに影響を与えました。藤村善行はチェ・ゲバラについても興味を抱いていたことから、いつか南米を北上する旅を実現したいと考えていました。

サラリーマンはもともと4年でやめるつもりだったので、4年間はお金を貯めることにも精を出しました。その結果500万円ほどたまり、南米に出かけたといいます。

チケットはブラジル行き往復のチケットを購入しました。最終的にアメリカまで行って日本へ戻ってこようと考えていたので、チケットについては片道捨てる予定でした。時期的にも繁忙期ではなかったので、往復チケットが12万で買えたといいます。このころはまだサーチャージー料がそこまで高くなかったこともあったようです。
ブラジルに到着した藤村は、一気にテンションがあがりました。ブラジルは想像していたよりもずっとにぎやかで陽気だなと感じていました。

ブラジルはこれでもかという位、肉を食べました。その量も半端ではありません。しかしあまりにもおいしくて、つい食べてしまいます。さらにブラジルはワインを飲む習慣があり、ビールではなくワインを飲む機会のほうが多くありました。
ブラジルの町ですが、日本語がいくつかありました。片言の日本語も少なくありません。また試しに店員に話かけたところ、日本語は話せず祖先が日本人であり、日系3世だと答える人もいました。
戦後船で、南米に渡ってきた人が移住したときたことはあっても、こうした現場を目の当たりにするのははじめてのことでした。
ブラジルでは楽しくて何をするわけでも、あっという間に5日間が経過してしまいました。これはいついてしまうと思い、重い腰をあげてガイドブックを広げ、旅行計画をたてる藤村。藤村の旅は8ヶ月に渡って続くのでした。

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